今日のカリブレのリハ後、ジャセルの次の用事まで時間があったんでゆっくり話をした。
少し前に7sonoraの新作を渡してて、それに対する総合的な意見。
残念ながらわしの周りにはこれまで音楽的な意見を訊ける人はあっても、スペイン語の歌詞について文法的な事以外に音楽的な側面から意見を求められる相手がおらへんかったさかいに、こんな有難いことはない。
ジャセルと一緒に音楽をするようになって以来、それまでグレーでモヤモヤやった点がクリアになった事がいくつもあるし、新たな発見もいっぱいあった。
ほんでもってなにより、彼の書く曲も歌詞も好きやってこと。
ここが大事で、わしにとっては曲も好きやけど描く世界観が大好きなパベルさんに歌詞や音楽の事を相談してるのに等しい。
ジャセルも几帳面な性格やさかいに、ホンマに丁寧に、細かいところまで率直な意見をくれて。
ちょっと例えは違うけど、日本語で言うなら『私が』にするか『私は』にするかとか、『わた〜〜しの〜〜』とするか『わ〜〜たしの〜〜』ってするか、みたいなそういう細かさ。
今まで意識してなかった事や、気付いてなかった事を今日は何点か指摘してくれた。
かなり細かい点まで気にしていつも歌詞を書いてるつもりやけど、やっぱしそこはネイティブではないさかいに、見落としてるとこがあるということが今日はよう解った。
これまで以上にこれからは気を付けて書かんといかんな。
今日意見を聞いたのは、まず、今回の4曲の中で曲も歌詞もわしが書いた『Love letter~Una confesion de amor~』について。
1曲についてだけやったけど、あっという間に1時間ちょい。
ほんまに意義深い時間やった。
わしがスペイン語の歌詞を書く時、それは日本人がどんな風にものを感じて、どんな風に思うのかということを伝えたいっていう思いが強い。
で、それを日本人的な形容の仕方や表現の仕方で歌詞にしてスペイン語圏の人間に発信したいと思てる。
例えばキューバ人が話すような言い回しや形容の仕方を真似るんやなくて、あくまで日本人として。
そういうカタチで日本(人)の事をスペイン語で発信してる人ってそんなに多くないような気がするし、折角喋れんのに向こうの人間とおんなじようなやり方で書いたんでは日本人がスペイン語で歌詞を書く意味が無い気がするし。
桜の花の儚さに人生の機微を重ねて愛でるこの感覚は日本人特有で共通のもんやと思うし、まさにその感覚をスペイン語でも表現したいねんな。
最終的なゴール(というかスタートラインというか)はスペイン語のネイティブの人間に、日本人が書いたものという色眼鏡を通さずに、スペイン語の作品として聞いてもらって、好き・嫌いと言うてもらう事。
せやし、日本人のわりにはよう出来てんちゃう?っていうレベルでは全然ダメなわけで。
ジャセルもその点を解ってくれてて、スペイン語の歌詞を書く同じラインに立ってる人間として意見をしてくれるのがホンマに嬉しい。
わしがそういう思いで書いてるんやなかったら『バッチシやん!ええやんええやん!』って言う、って言うてたわ(笑)
兎にも角にも、細かい点を抜きにすれば、わしの曲、高評価やったし気に入ってくれたのは素直に嬉しかった。。。
なにしろあの曲は彼の国の音楽やさかいに。